むさしの学園では、保護者の方々が、子ども達の送り迎えをしてくださることを歓迎しています。

公共交通機関を使って通学する児童の多い私学である以上、子ども達の安全を確保するため、大人の目が多いほうがいい、というのは確かです。

 

そして、それと同じだけ、子どもの精神安定につながる価値もあると感じています。

 

かつて、むさしの学園は、武蔵野村西窪(今では武蔵野市西久保)にありました。

開校した大正時代の当時、まだ三鷹駅はなく、朝は、武蔵境駅か吉祥寺駅まで、教師が子ども達を迎えに行き、帰りは、送っていったそうです。

 

 

 

 

吉祥寺よりも、武蔵境の方が近かったとはいえ、子どもの足ですから30分はかかったでしょう。

また、今でいう「井の頭通り」は、水道道路という名前で、水道管を傷めないため、自動車の通行が禁止された砂利道だったそうでうから、吉祥寺までの長い道のりも、遊び場だったのだろうと想像します。

 

当時の子どもたちの作文を読むと、その道すがら、いろいろな話題になり、ちょっとした道草も含め、牧歌的な、温かな様子が伝わってきます。

 

時代も下り、令和の今、駅もバス停も近くなり、また、道草など以前のようには全くできなくなりましたが、教師たちは、可能な限り、下校の列に加わっています。

 

授業の場、休み時間の場では感じられない子ども達の一面に触れる機会にもなります。

 

大人の目と存在は、子ども達の心の土台を耕すものです。

いわゆる「授業」、いわゆる「活動」、表面的な「会話」にとらわれず、子ども達、一人一人に関心を持ち、関わる機会を大切にしています。

<校長ブログ009>大人の目、存在は、子どもの心を深く、豊かに耕す