むさしの学園小学校
ホームページへ
ひまわり幼稚園
ホームページへ

聖書 マタイによる福音書 7章 1節~2

「人を裁くな。あなたがたも裁かれないようにするためである。あなたがたは、自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。」

 

お話

秋らしい、気持ちの良い日が続いています。まず、感謝したいと思います。

さて、今日の聖句、「裁いてはならない」は、とても有名なものです。「裁く」とは、どういう意味でしょうか。一般的に、「裁く」とは、良いか悪いか決める、判断する、あるいは評価するということを言います。

 

聖書で言う「裁く」とは、神様の基準からみて、正しいか、正しくないかを判断するという意味です。ですから、この部分は、自分たちで善悪を判断できると勘違い、いい気になっていた人々への戒めです。

 

私達の日常は、決めること、評価することに溢れています。例えばテストの点数、100m走のタイム、友達に素直に謝れたか、など、いろいろな場面で、決めたり、決められたりしています。

 

これは大人になっても同じです。むしろ、インターネットが普及し、YouTubeやTwitter、Facebookなど、いわゆるSNSが拡がったことで、私達の日常は、今まで以上に、決められること、評価されることが増えていると感じます。

 

最近、○○警察という言葉が話題になっています。例えば、マスク。もちろん、マスクを可能な限り、つけている必要がありますが、周りに誰もいない公園で外したところ、通りがかりの人に、「マスクつけなさい!」と怒鳴られた人もいたそうです。

 

むしろ、笑ってしまったのは、「ねこ警察」です。ある人が、動画で自分のねこを可愛がっているところを出したところ、その撫で方は虐待だ!餌を与える時間がおかしい!など、批判のコメントがついたそうです。

 

私はそのねこの動画を見ていないので、虐待のような可愛がり方をしたのか、餌の時間が何時だったのか、わかりません。また、公園で怒鳴られたという人が実際、どんな状態でそうなったのか、直接見たわけではありません。ですから、怒鳴った人や批判をした人の批判も簡単にはできません。しかし、人の間違いを指摘することに熱中してしまう時代の雰囲気を感じた事例でした。

 

聖句には、裁いてはならない、の後に、「自分の裁く裁きで裁かれ、自分の量る秤で量り与えられる。」とあります。自分の狭い考えだけで、人を責めれば、同じように誰かの狭い考えで責められます。必要なことをしっかりと伝えることと、責めることは違います。落ち着いて、毎日の出来事、特に人との関係を築いていきたいと思います。

10月28日 礼拝の話