聖書 創世記 28章 15節
「見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。」

 

お話
むさしの学園の新しい一年が始まりました。学校は、4月から新しい一年が始まるので、学校では、明けましておめでとうの挨拶が、二回できることになります。とはいえ、普通なら、校門で皆さんを迎えていて、直接そんなことも話せるのに、今はこうして、カメラを通じてのお話になっていることは、寂しいものです。

今日から、このような形で、カメラを通じた礼拝をすることにしました。その目的は、3つあります。

まず1つ目として、皆さんの、もちろん、私自身の気持ちを明るいこと、希望のあることに少しでも向けることです。この礼拝では、あれをしてはいけないとか、これはダメとか、そういう話も、もちろんするでしょうが、どんな時でも、明るいこと、希望の持てそうなことは見つけられるはず、という気持ちで進めていこうと思っています。

次に2つ目として、生活のリズムを整えてほしい、ということです。今は、いつもの夏休みや春休みのように、気持ちがゆったりしていないという人も多いとは思いますが、それでも、いつもの学校がある時のように、規則正しい生活を続けるのは、なかなか、大変です。毎朝、同じ時間に私からお話をする時間を作ることで、少なくとも、朝8時半には一日を始める、というきっかけになったらいいな、と思っています。

最後に、3つ目として、こういう形のカメラを通じたやり方に、私達先生も含めて、慣れることです。小学校の勉強は、実際に鉛筆を握って、紙に書くことが大切です。しかし、今という時には、それだけでなく、映像を使った学びについても、トライしていくことが必要でしょう。そのために、まず、私からお話をして、聞いてもらうということから始めていきたいと思っています。

さて、先ほどは、創世記 28章 15節を読みました。

「見よ、わたしはあなたと共にいる。あなたがどこへ行っても、わたしはあなたを守り、必ずこの土地に連れ帰る。わたしは、あなたに約束したことを果たすまで決して見捨てない。」

とても、力強い言葉だと思います。この部分は、ヤコブが、お兄さんに対して、とても悪いことをしてしまい、お兄さんの怒りや憎しみがおさまるまで、家を離れ、はるばる遠くの親戚の家に一人で逃げていく時、夢に神様が出てきて、ヤコブに語った言葉です。

ヤコブのした過ちは、その頃の常識では、殺されてしまっても不思議はないほどのことだったそうです。そこから一人で遠い距離を逃げていくヤコブは、どんな気持ちだったのでしょうか。

あ~あんなことをするんじゃなかった、あ~なんて自分はダメなんだ、などと一人で後悔したかもしれません。

私たちのほとんどは、殺されてしまうほどの大きな過ちを犯した経験は、ないでしょう。しかし、時々、思い出しては後悔してしまうような失敗、過ちは、あるのではないでしょうか。

今回の新型コロナウイルスの問題は、誰かのせい、少なくとも、あなたや、身近な人の失敗というものではないでしょう。しかし、こういう時には、ちょっとした失敗や過ちを、責めてしまう気持ちになっても、不思議ではありません。まして、家から出ずに、ずっと同じところにいれば、なおさらです。

今日の生活の中で、無性に腹が立ったり、イライラしたりすることがあったなら、ぜひ、今日の聖句を思い出してください。

「わたしは、あなたに約束したことを果たすまで、決して見捨てない。」

少しでも、希望を持って、今日という一日を過ごせるよう、祈ります。

お祈り
天の父なる神様、今日、こうして、映像礼拝という形で、学園の縁ある方々とつながれることに感謝します。
まず、世界中で、病の苦しみ、不安にある人を思い、少しでも早く解き放たれるよう、思いをいたします。
そして、いろいろな形で、病との戦いに取り組んでいる人を思い、その労苦に感謝したいと思います。
私たちも、私たちの持ち場で、今、すべきことに専心し、心の底に希望を持って、一日を過ごせるよう、私たちの心を強め、支えてください。
このお祈りをイエス様のお名前によって、お捧げします。アーメン。

第1回 映像朝礼の話